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Inside Talk NSG 挑戦者たちのリアル
リアル3

加藤 大樹 Kato Daiki

新潟総合学院
FSGカレッジリーグ スポーツ事業室


福島スポーツアカデミー代表理事。大学卒業後8年間の金融機関勤務を経て、2013年入社。福島県内でバスケットボールスクールを展開すると同時にプロチーム「福島ファイヤーボンズ」の立ち上げに携わる。秋田県出身。

  • 経営者養成
  • 教育ビジネス
  • スポーツビジネス

子供たちがやがてプロの選手になる。引退後も地元の子供たちを指導する。この循環をつくるのが僕のライフワークだ。

震災の影響で福島県の子供たちは、
運動能力が著しく低下していた。

8年間、金融機関で働いた。本社勤務も経て、充分にやりがいもあった。でも、自分にとってもっと感動のある仕事は他にあるのではないかと考え始めていた。30歳を機に転職を決意。NSGと出会った。さまざまなビジネスを地元に根付かせている。スケールの大きさに惹かれた。決め手はスポーツビジネス。生まれは秋田で、バスケは身近な存在だった。入社後、福島にバスケットボールのスクール事業を始めようということになった。

震災の影響で外での運動機会が減り、福島県の子供たちの運動能力が著しく低下しているという記事があった。バスケなら室内でできる。専門学校の教育ノウハウを活かせば、自分たちも役に立てるのではないか。上司と共にbjリーグ本部を訪れた。バスケスクールを福島に開きたい。手を貸して欲しい。賛同してくれた。コーチを派遣してくれることになった。前途は多難だと周りの人たちは口にした。でも、苦労なんてまったく感じなかった。むしろ、毎日が充実感に満ちていた。それが率直な感想だった。


福島県初のbjリーグ公認バスケットボールスクール開校。
わずか7人の子どもたちとのスタートだった。

地元のバスケットボール協会やミニバスの指導者たちの理解を取り付けようと県内を奔走した。「我々は草の根からバスケ人口を増やしていきたいんです。子供たちに運動する機会を提供したいんです」と訴え続けた。練習場になる場所を探す。体育館という公共の場所を借りるには制約が多かった。生徒集めの告知をするにもお金がない。教育委員会が学校でチラシを配るのを許可し、応援してくれた。手作りのチラシを持って小学校をとにかく回った。多くの校長先生や教頭先生が理解を示してくれた。

ようやく体育館を借りる許可も下りた。古い体育館だった。バスケのリングすらなかった。プロユースのリングを購入して、自分たちの手で設置をした。25年6月。福島県初となるbjリーグ公認バスケットボールスクールを郡山に開校。集まった子供はわずか7人だった。でも、この7人で始められる。そのことが嬉しかった。スクールの最大の特徴は、一人一人のレベルに合わせた指導で、運動の喜びを伝えること。子供たちに、元気を取り戻してほしかった。


今では県内8スクール、
約240名の生徒数になった。

プロバスケットボールチーム「福島ファイヤーボンズ」の立ち上げでは、スポンサー募集に奔走した。片っ端から地元企業を訪問した。スポーツを通して、地元の皆さんに元気と感動を。地元にプロチームを作りましょう。まさに草の根。支援の輪は徐々に広がった。規模問わず、様々な企業がサポートしてくれた。商店街の皆さんや飲食店も、すすんで店頭にポスターを貼ってくれた。日々難題があったが、ようやくわが町のバスケチームが生まれた。試合のない日は県内各地の小学校でバスケット教室を開いた。プロ選手が指導をしてくれる。1年間で20校を超えた。都市部以外の体育館でも頻繁にバスケット教室を開いた。

メディア掲載の頻度が増え、次第に県や行政のバックアップが拡がった。うちの学校にも来てほしいと、要望がたくさん届くようになった。古い体育館でわずか7名から始まったスクールが、今では県内8スクール、240名の生徒数になった。新しい夢ができた。まず県内全市町村にスクールを開校すること。そして、スクールで育った子供たちの中から、やがてプロバスケット選手が生まれる。引退したあともコーチとして地元の子供たちを指導し、スポーツの素晴らしさを伝えていってくれる。そんな循環を生み出すこと。これは、僕にとってのライフワークかもしれない。

マイナビ2019

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