NSGグループ 新卒採用
事業創造で、幸せな社会を。NSG GROUP
新潟の魅力を価値に。
Inside Talk NSG 挑戦者たちのリアル
リアル8

糸満 盛人 Itomitsu Morito

株式会社アイ・シー・オー
代表取締役


株式会社アイ・シー・オー代表取締役。神奈川県出身。慶應義塾大学商学部卒。新卒で入社した大手情報企業で25年間営業職及び管理職として勤務。人事異動で新潟に赴任したことで、NSGと出会う。最終的に池田代表のビジョンとチャレンジ精神に惹かれ入社を決断。学生時代は応援団に所属。

  • 経営者養成

新潟には隠れた魅力が、たくさんある。その魅力を価値に変える。それは、私たちにしかできないことだ。

25年勤めた会社を辞めた。
横浜のマンションを売って、新潟に家を建てた。

大手情報企業で25年と3ヶ月。そのほとんどを東京で過ごした。20年目に赴任したのが新潟だった。海の幸、山の幸にも恵まれた豊かな土地。毎朝、窓から見える風景に感動した。北前船で栄えた商業都市だったことから、好奇心旺盛でオープンな県民性。それでいて堅実な生き方を好む。一方、たびたび「宣伝下手、アピール下手」と揶揄されることも。道路が整備されていて、生活インフラが完璧に整っている。驚いた。こんな住みやすい場所だったとは。

藤原正彦氏の著書「国家の品格」にこんな趣旨の言葉があった。「美しい風景や澄んだ空気の中で育つことは感受性を育み、日本人特有のきめ細かさが養われる」。いつか自分も、その成功モデルをつくりたいと思っていた。「新潟で勝負をしよう」。決断は早かった。地域に根ざしたことをやるのなら、地域に根ざした企業でやりたい。「来年辞めます」と会社に宣言した。横浜に持っていたマンションを売って、新潟に家を建てた。残りの人生は、新潟で生きていくと決めた。


グループ会社の社長として採用したい。
その心構えはありますか?度肝を抜かれた。

新潟で暮らしているとNSGの名前は自然と耳に入ってくる。アルビレックス新潟でかつてスポーツビジネスに携わっていた知人もいた。40年間で新潟に専門学校を27校、大学院大学1校、高校を2校。医療分野や他のさまざまな事業も手がける、年商607億のグループ。経営の発想はダイナミックだった。そこに惹かれていった。そのNSGからのオファーには度肝を抜かれた。「グループ会社の社長として採用したい、その心構えはありますか」。正直ひるんでしまい、一度断った。自分は参謀タイプだと思っていた。ビジョンを作るより、戦略を立て、組織をまとめる方が得意だと思っていた。もういちど考えた。自分がこの新潟で何をやりたいのか。なんのために意を決してここに来たのか。無理にでも自分を変えよう。その決意をした。発想の転換。それが私にとっての新たなチャレンジ。自分の思いをパワーポイント資料30枚にまとめあげてプレゼンした。2014年8月。株式会社アイ・シー・オー入社。見極めの期間を経て、2015年4月、代表取締役に就任した。


「仕事が楽しければ人生は楽しい」。
挑戦を楽しめる風土をつくってみせる。

株式会社アイ・シー・オー。NSGグループに属する広告代理店。いわゆるハウスエージェンシー。売上の大部分はNSGグループの学校や企業から。大きなバックボーン。ただしハウスであるがゆえの弱みもある。貪欲さに欠ける部分がややあるかもしれない。社長就任において掲げた目標は、グループの成長エンジンであること。そしてグループ外への影響力を高め「地域貢献・雇用拡大」を実現すること。つまり地方創生の先陣を担う存在でありたいと。そのためにはパワフルに挑戦していく風土を社内に根付かせたい。「仕事が楽しければ人生は楽しい」。それは自分の原点。失敗を恐れず挑戦を楽しめる風土をつくってみせる。

新しい顧客を開拓し、新しい市場までも創造していく。ハードな研修もやった。新しい人材も入れた。手応えが生まれつつある。新潟には隠れた魅力、眠っている宝がいっぱいある。その価値をまだ多くの人が気づいていない。そこにチャンスがある。新潟の魅力を価値に変えたい。さまざまな企業、法人、行政を含めた組織に内在している魅力を発掘し、チカラに転換する。それは地域に密着したエージェントである我々にしかできないこと。それこそが自分の考える地方創生のあり方。挑戦は始まったばかりだ。

マイナビ2019

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